7年間養育費を払い続けても子供と会えない現状

「結婚」に対する想いの強さは、ひとそれぞれ。
わたしは自分の人生すべてをかけるほど、結婚に強い想いがありました。
その分だけ、離婚のときの心の傷は大きく深いもので……。

そして、あれから8年の月日が流れました。

ほんの少しでも思い出があって足を踏み入れることさえできなかった地にも、今では行くことができるようになりました。

傷が癒えたからではありません。
思い出が記憶の奥底深くに押し込められて、ほとんど思い出せないようになっただけです。 ……いや、それを傷が癒えたというのか。

いずれにしても、わたしはようやく「まとも」になり始めています。
しかし、当時のまま何も変わっていないことがあります。

それは、いまだに子供に会えないこと。

養育費をずっと払い続けているにもかかわらず、成長した子どもの顔さえわかりません……(今のわたしには養育費でしか子供への思いを示すことができないのです)。

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子供にとって何がよかったのか?

嫁がひどい実家依存。
義理の親も子離れできていない。

これが原因で離婚調停に至りましたが、当時、調停員に「我慢すればよかったんじゃないか」のようなことを言われました。

でも、当時のわたしには決して許せないものでした。
なぜって?

わたしの家族は嫁と子供で、家族の絆を最優先にするのが結婚だと思っていたからです。

「親への愛情と子供や配偶者への愛情を天秤にはかるものではない」と思うかもしれませんが「親が老化して介護が必要。そのときに子供が受験」のような、どちらかを優先しないといけない事態になることも十分にありえます。
そのときに、子どもよりも自分の親を優先するような「実家依存」の嫁は、わたしは許すことができないのです。

まだ、(自分の娘に対して)「自分のことは放っておけ! お前の家族が大切だ!」というような義理の親であれば、「どちらを選ぶ」という事態にはならないように、なんとかしようと努力したのかもしれませんが、「親の面倒を見るのは当然だ!」というひとが相手だと……。

……と、何をいっても、結果は、離婚。

嫁も、子供も、ひどく傷つけてしまいました(元嫁は自業自得だと思わなくもないですが)。

ただ、離婚しても、それでもまだ、わたしにできることはあるはず。
それは、子供にとって親はたった2人なので「定期的に子供と会うこと」。

そう思いますし、離婚調停のときから、それを話そうと伝えてきましたが、元嫁は一切連絡してきませんでした(そして今も……)。

「裁判すればいい」と思うかもしれません。
実際に離婚後、裁判をして親権まで獲得した父親もいたようですが、わたしは、かつて愛した女性とふたたび裁判という異常な場所で戦いたくはないのです。
きれいごとかもしれませんが、それが元嫁に対する最後の愛情なのかな、と。

だから、今、わたしができることといえば、養育費を払い続けること。
また、ひとは他人から何を言われても変わりませんので、元嫁が自ら変わることを祈ることくらいです。

離婚して子どもが傷ついたことでしょう。
しかし、離婚しなくても、義理の親のせいで子どもは犠牲になったと思います。

子供にとって何がよかったのか。
それを考える日々です。

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